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家の近所で飼われている謎の生物。 函館市赤川町の新中野ダム間近。 赤川は函館市の水瓶というべきところ。 その性質から自然がよく残されている。 ある年齢の人までは、水源地には、遠足で歩いて行ったそうだ。 小さい頃の記憶では、上流のダムが無い頃は、川で泳いでいる人がいたなあ。 昆虫の宝庫で、セミでもなんでも、3,4才の子供が手掴みで捕まえる事が出来た。 今でも、キタキツネはダム公園でよく見かけるし、其処には昨年もクマが出没した。 宝庫といえば、山菜、キノコもそう。 唯、クマはやはり、気をつけねばならぬのう。 で、写真の生物は何か。 どうやら、ドサンコらしい。 でも、それにしても小柄すぎるなあ。ポニーかも知れぬ(いい加減)。 良く馴れている。 ドーちゃん、とか、ポーちゃんとか名前が付けられているのだろうか。 ニッポン人は直ぐ名前を付けたがる。 ラッコのクーちゃんは、まだ釧路川で健在のようであるなあ。 近所に居ついている野良猫にも、あちこちのばあさんが勝手に名前を付け ている。 ミーちゃんとか、玉とか・・・ 猫も忙しいが、その甲斐あってか、丸々と太っているようだ。 赤川最深部にある、赤沼本山妙要寺。 日蓮宗のお寺。 2月22日(日)14:00〜函館市芸術ホール “2009スプリングコンサート・スペシャル” MB合唱団の高橋大先輩とペア券で。 吹奏楽、リコーダーでご活躍されたベテランでいらっしゃるので、ご一緒させていただいて、より愉しく鑑賞できました。 そのお陰もあって、チョー時間コンサートもそれほど疲労を感じずにも・・・ しかしそれはなんといっても、勿論、出演者の皆さんの達演故だ。 出演順は年齢順と伺っていたが、二階で遠目ではあったものの、皆さんとてもお若い(マジ)。 音楽は、“アンチ・エージング”に効果があるのではないだろうか。 ヴァイオリンの天野裕子さんから。 小品6曲を演奏された。 プログラムは普段目にしないので、バッハの所謂「G線上のアリア」ではじまった時は些か吃驚。 摑みとしては、どうか。 私がジャーマネだったら、これは最後だ。 作曲家の生年順にされたようだが、ショウ・ピースでは余り意味が無いのでは・・・ それでも、お客様をしっかり惹きつけ、音も次第に滑らかに。 選曲が素晴らしい。 中でも、シベリウスの「ロマンス」が好かったなあ。 G線が多用されるが、天野さんの低音部はとてもセクシーでもある。 御見掛けも、技巧も、大変清楚でいらっしゃるが。 「ラ・クンパルシータ」では、動的な魅力も披露された。 伴奏の、高橋セリカさんも素晴らしい。 演奏やスタイルの良さに、目や耳を奪われた。 ともかく、一度ソロをお聴きしたい。 他に、チャイコフスキーの「弦楽セレナーデ」から(この編曲は余り聴いた事が無かった)や、マスカーニ「カヴェレリア・ルスティカーナ」間奏曲、ラフマニノフ「パガニーニ狂詩曲」第18変奏。 佐藤朋子さんは、低声から高声までむらなく均一に良く響く声、という点で、日本でも有数ではなかろうか。 バロック・オペラなら、カストラートの役もカヴァーできるのでは。 例えば、ヘンデルの「エジプトのジューリオ・チェーザレ」なんか聴いてみたいなあ。 表題役も、クレオパトラやセストもいけるのではないか。 ということで、パーセルの「ダイドーとイニーアス」よりダイドーのアリア、“べリンダ!あなたの手を”は、まことに素晴らしかった。 レオンカヴァッロの歌曲を2曲。 「告白」、「戯れの歌」。 「道化師」の作曲家の歌曲は、確か聴いた事があるのは「朝の歌」くらいだ。 オペラ作曲家の聴きがたい佳曲を紹介していただいた。 レオンカヴァッロも他に多数あるようだし、大オペラ作曲家の多くは良い歌曲を残している。 今後の宝庫になるのでは。 愉しみです。 ヴェルディの「オテロ」から“柳の歌”、“アヴェ・マリア”。 原作は、余りにも腹立たしくてもはや読む気にならないが、ヴェルディは別だ。 “原作”を上回る作品というのは稀ではないか。 この後のオペラ作品は“ファルスタッフ”のみだから、シーリアスな女性のアリアとしては最後の作品だろう。 様々な意味で、まさに“白鳥の歌”ではないだろうか。 “祈り”の篭められた、感動的な歌唱だった。 ブラーヴァ!ブラーヴィッシモ! 畑中佳子さんの伴奏も、オーケストラを聴いているような色彩と厚みで佐藤さんを支えていた。 えー、石田雅代さん。 廣瀬量平さんの合唱曲では、見事な伴奏をしていただきました。 有難うございました。 ・・・此処では正直云うと、スルーしたかった。 石田さんの所為ではなく、私の都合。 ベートーヴェンの「熱情」だったのだが・・・ 勿論、バッハ、モーツアルトと並んで最も尊敬し、愛する作曲家なのだが、この曲に関しては、もう生涯二度と聴かなくとも痛痒を感じない。 嫌いというわけではないのだが・・・ そのような曲は、モーツアルトにはないなあ。 バッハには、またもや正直に云うと数曲ある。 クラヴィーア協奏曲1番ニ短調と、カンタータ140番。 しんねりむっつりしすぎているし、カンタータでは教条主義的なテキストも嫌だ。 第1楽章は、特に勘弁なのでスルーさせてください。 しかし、緩徐楽章は別だ。 ベートーヴェンの緩徐楽章は本当に感動的だ。 この曲も例外ではない。 此処と、意地悪い見方だが、第3楽章コーダのプレストの出来が焦点となろう。 アンダンテ・コン・モートは、主題と2つの変奏という簡素なものだが、その変奏が魔法的に素晴らしい。 変奏が進むに連れ、徐々に音高が上がり、密度も増してゆく。 石田さんは、“ファンタジー”を大切に、表現されていったように思う。 しかし、もっと音に“芯”が欲しいと感じた。 一つ一つの“音”が大切だ。 アタッカで第3楽章へ。 また強靭な音楽に戻るが、コーダで更に楽想が変わる。 この前後のテンポ設定が肝だ。 コンクールなどで、此処に勇敢に飛び込んで、死に掛けた、或いは死んだ若い演奏家を何人も見てきた。 石田さんは安全策を取り、テンポを予めゆっくり目に調節し、事なきを得た。 でも、それではつまらなくないか? 何故、この曲を選択したのか? そこが問われる箇所では? 是非、この曲を公の場で演奏されたかったのだろう、と推察するが・・・ 余りにも聴き慣れた曲は・・・ 個人的には、32曲の中から他の曲を聴きたかった。 ステージでなかなか聴けないような。 デュオ・りら(吉田淳子さん・斉藤裕子さん)はピアノ・デュオ。 ピアノ・デュオは、大好きなアンサンブルの形態だ。 特に、アルゲリッチとフレイレのステージを聴いてからは。 ぺキネル姉妹の“春の祭典”も凄かったな。 それにしても、デュオを組むと似てくるものなのだろうか。 様々な意味で双子のようでいらっしゃるなあ、と拝見(あ、いや拝聴)しました。 チャイコフスキーの「眠りの森の美女」“ワルツ”では、失礼ながら訝しいほど鈍く感じた(2台目のピアノが暖まってなかった所為もあるか)が、プロコフィエフの「シンデレラ」“フィナーレ”は素晴らしかった。 プロコの、スチールのような強靭さ、シャープさが良く現されていたのでは。 「ロメオとジュリエット」も聴いてみたいな。 ピアソラとナザレーのタンゴ4曲も見事なアンサンブル。 もとより踊る為の楽曲でない、とはいえ、もう少しスイングしていただいても良かったかも知れない。 フルートの池田桂子さんは、ライネッケのソナタ“ウンディーネ”。 ロマン派から印象派にかけては、“水”と音楽(絵画も)の関係は深いものがあり、語り尽くせない。 絵画では、ラファエル前派のJ.E.ミレー「オフィーリア」が最も愛すべき作品の一つだし、音楽ではドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」に行き着くだろうか。 水の精“ウンディーネ”も、様々な創作の源泉となった物語だった。 ライネッケは、音楽史上ではライプツィッヒ・ゲヴァントハウス管の監督であったり、音楽院の院長として、の方が名高いのではないか。 最近、録音も増え始めて、交響曲や協奏曲、室内楽などがマイナー・レーベル(NAXOSはメジャーか)で聴けるようになった。 1910年までの生涯(生年は1824年)を考えれば、その作品は保守的なものだ。 最も、膨大すぎて全容は解らない。 フルート・ソナタは1881年の作品。 同時代のフランクのヴァイオリン・ソナタが1886年。 比較すれば、ライネッケの古典的な佇まいが際立つ。 といって、魅力が無いわけではない。 メルヘンティックな感性を愉しめるのではないだろうか。 池田さんは、木管フルートで十二分にその魅力を導き出された。 “言葉”のない物語の世界。 勿論、それを紡いだのは堀江陽子さんのピアノも、である。 徳永ふさ子さんは日本歌曲を。 山田耕筰の歌曲3曲は、北原白秋の詩。 白秋の“耽美”は愛好している。 「鐘が鳴ります」、「かやの木山」、中でも「からたちの花」は人口に膾炙している。 生半な事では人前に出せるものではなく、勇気が入る。 徳永さんのこの歌たちは、愉しむ事が出来た。 それは素晴らしい事ではないか。 日本語のディクションが見事で、ブレスがお手本のよう。 このように歌えたらなあ、と皆思った事だろう。 私もその一人。 林光と谷川俊太郎の、「ほうすけのひよこ」は、良い曲を紹介していただきました。 折に触れて聴いていきたいし、沢山の人に広く聴いて貰いたい作品だ。 テキストが無理なく生かされた上に、音楽的にも聴き応えがある。 練達の作品。 徳永さんも一層声が安定されて、聴衆を曲の世界に誘った。 池田みどりさんのドリーミングなピアノも素敵でした。 また、坂本知栄子さんがナレーションをされた。 徳永さんの、所謂“スーブレット”というべき声質は本当に魅力的だ。 近年、特に教育者として目覚しいご活躍をされていらっしゃるようですが、是非とも声の続く限り、舞台に立つ機会を増やしていただきたいと願います。 さしあたって、バッハの“コーヒー・カンタータ”なんか聴きたいなあ。 市川須磨子さんは、クレストン「マリンバ・コンチェルティーノ」から聴かせていただく。 順からだと最高齢ということになるが、いやあ、お若い! マリンバ・バアなどとんでもない(誰も言ってないって)! マリン・ガールと御呼びしたい溌剌さだ。 マリンバ演奏は、“音楽”であると共に、“スポーツ”を観ている様な爽快感がある。 音質的にも、人間をしゃきっとさせる、乾質の明るいエネルギーに満ちたものだ。 今の時代に求められ、また必要な要素では。 マレットを換えれば、幻想的な音楽にも対応する。 クレストンの「コンチェルティーノ」はまさにそれに当て嵌まる楽曲だ。 市川さんは、ヴィルトォオジティを全開にして聴衆を沸かした。 久保悦子さんのピアノも、時にパーカッシブに、そして色彩豊かなオーケストレーションを彷彿とさせた。 ヘルベルト(ではないか?)・キュプケは、まったく知らなかった。 どうやら、マリンバ界だけに盛名がある人物のようである。 「木による芸術的な作品」、という題名が素敵ではないか。 同じ名前のカラヤンの一つ下、1909年に生まれている。 カラヤンほど長生きは出来なく、1944年に戦死している。 些かも前衛的なところは無い。 どちらかといえば、ワイマール時代のドイツを彷彿とさせる一人かも知れない。 これも素敵な作品を紹介していただきました。 期待通り、函館クラシック界のレベルの高さを満喫できたコンサートでした。 来年以降も、開催継続予定ということですので愉しみにしたいと思います。 お客様も充分楽しまれたようですが、途中で出入りがあったのは事実。 程々の加減が必要ではないか、というのは以前から此処で主張させていただいている。 それが、運営の“センス”では。 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして! |
inu 2009/03/10 07:42 |
あっ、申し訳ありません。 |
たかさごや 2009/04/02 23:36 |
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