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zoom RSS 函館MB混声合唱団&ヴォーカルアンサンブル・つくばジョイントコンサート

<<   作成日時 : 2012/10/02 03:54   >>

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定期演奏会としては初のジョイントかな。





 9月9日(日)14:00〜函館市芸術ホール




 今回のジョイントは、当団の指揮者大村義美先生とヴォーカルアンサンブル・つくばを指導されている半田暁先生が東京藝術大学の同級生ということで実現した。

 半田先生は既に函館MB混声合唱団とは縁が深くていらしてる。

 コンサートは3ステージ構成で、第1ステージは私たちの単独、第2ステージはヴォーカルアンサンブル・つくばさん、第3ステージは合同とした。

 
 前日のゲネプロで、遠路遥々いらしたつくばさんを聴かしていただくことができたが、普段からア・カペラに慣れていらっしゃるというだけあって、ピッチも安定しアンサンブルのバランスも素晴らしい。

 女声と男声、年齢層のバランスも比較的良好でいらっしゃる。

 ソプラノ9、アルト8、テノール4(来函されたのは3人?)、バス10。


 センスのよい選曲をされてきて、リハーサルでも楽しませていただいた。

 パレストリーナ、メンデルスゾーンのア・カペラ名曲。

 それに、現代エストニア(とプログラムには記されてあるがリトアニアだろう)の作曲家ミシュキニスの宗教曲とラター作品という流行を押さえたもの。

 お客様も十分堪能されたものと思う。


 遠征ということで大変張り切ってらっしゃったが、地元ではもう少しリラックスされておいでなのかな?

 楽しい中にも集中力、緊張感に溢れたステージだった。

 ピアノの鈴木京子さん、ジャズ風のラター作品で活躍されたベースの吉村徳泰さんも素晴らしかった。


 第3ステージは合同としたが、比較的皆さんにも親しみ易い曲を4曲、大村先生と半田先生が振り分けた。
 
 特にお客様には最後の「ねがい」(佐藤信・林光)が好評だったようで、やはり単に楽しいというところに留まらない作品、演奏が、互いの心を繋ぐということだろう。


 演奏会の質を決める第一は先ず選曲ではないか。


 第1ステージは函館MB混声合唱団が努めた。

 混声合唱組曲『光る砂漠』(矢澤宰・荻原英彦)に取り組んだ。

 当団としては、演奏会として取り上げるのは3回目になるそうだ。

 但し、6曲目の「落石」は今まで省いていたそうで、それが今回再度取り上げる理由の一つになったようだ。

 

 のっけからネガティヴ連続で申し訳ないが・・・
 
 どうも再演曲が最近多いようで、少し冒険心が足りなくないだろうか?

 3回目だから皆さんに乗っかれば良いかな?と多少安易な気持ちでいたら(私は初回)とんでもなく、結局なんとか人様にお聴きいただける状況に達するまでかなり薄氷を踏む思いを皆が味わったのではないか?

 これは勿論私自身の努力不足であるのだが、付け加えて、個人的に曲に対してもう一つ共感できないということもあった。

 夭折した若者の詩を取り上げているのだが、言葉の扱いに高度の詩情は認められるものの、残念ながら私には無縁な世界だった。

 気の毒には思うのだが・・・

 とても乱暴な物言いで、そして不当な比較だと自覚もするが、いわさきちひろ、とか相田みつを、とかと近しい匂いがするのである。

 そしてこのタイプは苦手だ。

 中では、金子みすずは言葉の選択、発想がぶっ飛んでいて、そこに驚かされる。

 つまり・・・分析するとパターン化が嫌なんだろう。

 矢澤宰の場合、自己の生と死という枠の中でのイマジネーションの発露・・・に留まっている・・・ということだろうか。

 しかし、その詩情は純粋で且つ深く高いものであるし、その生涯の状況を鑑みれば驚嘆すべきものでもあるが・・・


 また、作曲者の荻原英彦はこの詩篇にキリスト教世界を見たと述べているが、これも素直に頷くことができない。

 確かに、神様、とか天国、とかの語句が出てくるが、その指し示すところは自然宗教や仏教世界にも通じるものではないか?
 
 一神教的ではないように感じるのだ。


 それでは曲はどうか?

 この作品についてはフランス的という形容がされるようである。

 確かにその方向で良く出来た名作なのであろう。

 だが捻くれた私は、フランス風が良いのならフランスの作品を歌えば良いではないか、と思ってしまうのである。

 作曲家はこの作品について管弦楽にも劣らないものと自負しているようだが、このスタイル其の侭で管弦楽作品を作ったら亜流で片付けられるのではないか?

 この中の何曲かは10月の合唱祭でも歌うので、歌い込むうちに気持ちが変化するかも知れないが、どうも相性がよくないようだ。

 繰り返すが、飽く迄個人的な感想である。


 ということで自分なりに形を作るのに苦労したのだが(残念ながら甲斐がなかった?)、他のメンバー皆さんの共感力によりお客様には良い印象を与えられたようである。

 ちゃんと計算していないが平均年齢が恐らく還暦以上だろう合唱団が、21歳で亡くなった青年の詩情を歌うわけだから、ある意味凄いことかもしれない。

 ヒデキ、還暦!


 また、この曲はピアノ伴奏部が重要で、演奏の成功の多くは畑中佳子さんのお力である。

 強い打鍵の後の倍音を多く含んだ余韻が印象的だった。


 それと何時ものことだが、裏方をしていただいた皆様にも深甚なる感謝を!


 ・・・しつこく言い訳を続けると、私は音楽そのものは好きなんだが、正直言って合唱というジャンルは音楽を実践する方便として携わっている。

 歌を歌うこと自体は勿論嫌いではないのだが、残念ながら全く才能がない。

 ところが、それ以上に楽器を弾く才能がないw
 

 ある時代までは、多くの大作曲家は器楽、声楽分け隔てなく名作を遺している。

 代表的なのがバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンであろう。

 残り少ない合唱人生だから、できることならそのような人類の宝を中心とした合唱生活を送りたいと願うばかりである。

 それはそれとして、未知の作品に触れるのも愉しみの一つ。

 バランスのとれた活動は大事だろう。

 来年はコンクールに参加するという。

 私などは全く足手纏いのほうだが、やるからには最善を尽くさないといけない。

 お互いどれだけその覚悟があるのか?


※後日談

 作曲者はこの作品にキリスト教的な意味を含ませる意図で、アルカデルト(作とされていた)「アヴェ・マリア」の動機を使用している。

 この4声の「アヴェ・マリア」、萩原さんは“名作”としているのだが、実は12月に開催するクリスマスコンサートで歌うことになった。

 練習してみると、どうもバスパートのラインの出来が稚拙に感じる。

 そこで調べてみると、この作品は19世紀にとある作曲家が捏造したものだった。

 メロディそのものは確かにアルカデルトなのだが、それも恋を扱ったシャンソンである!

 どこに宗教性があるんだっての!

 どうも私のもやもやした気分には、その理由があったようだ。





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